海外転勤が決まり、自宅を貸し出そうかどうか悩まれるあなたへ。

海外転勤が終わったらその自宅に帰ってまた生活をしたいと考えられている方々の多くが”一時使用賃貸借“というものを目にするのではないかと思います。不動産業界のリロケーションジャンルでは最大手と言える企業が推奨している方法のためです。

しかし、この”一時使用賃貸借“が借地借家法の「網の目」を巧みにかいくぐる手段として利用されている現状に、疑問を抱く声もあります。そういった事について下記にて伝えています。

転勤に伴う自宅の賃貸:一時使用賃貸借はそんなに都合よくない

ただ、批判するだけではなくしっかりとした活用方法を見出すことも模索しています。

そんな中、転勤者の賃貸借契約を一時使用賃貸借契約の肯定した判例が存在します。本日はその判例についてお伝えします。

一時使用賃貸借を肯定した判決

Webでこの判例を見つけることができなかったので、判例タイムズ 798号 (1993年01月01日発売)を参照にしています。1993年に発売されたものです!

一時使用賃貸借契約の前提条件

最初に判例の前提条件を整理します。

前提条件

契約の成立時期

昭和62年1月25日に賃貸借契約を締結

契約期間

期間は昭和62年2月1日から昭和64年1月末日まで

賃料

賃料は月額7万円

特約

貸主転勤のため貸す。

更新は一回確約するが、4年で終了を基本とする。

契約の更新

平成元年1月31日に期間を2年間として更新

賃貸借契約時のやり取り

賃貸人と賃借人の主張をそれぞれ会話風に判例を分解して再構築しました。

契約時のやり取り

賃貸人は昭和62年に自宅を購入し家族と共に居住していました。しかし昭和62年に神奈川県の海老名市から福岡県に出向を命じられました。昭和の時代はそれが普通でした(遠い目)

賃貸人は当初3年間という期間だけ貸し出したいという希望があったものの、相談した不動産屋から4年間でないと借り手がつかないという前提からの、以下のやり取りです。

※実際にはその不動産会社が仲介会社が間に入っており、貸主と借主は調停の時まで直接会ったこともありませんでしたし、会話をしたこともありませんでした。

賃貸人

転勤が決まったから、一時的に家を貸すことにしました。

賃借人

期間はどれくらいですか?

賃貸人

最初は2年間だけど、最終的には4年間で貸すことにしようと考えています。

賃借人

それはぜひとも借りたいです。賃料は月7万円でいいのですね?

賃貸人

もちろんです。私が戻ってくる時に契約期間は満了としますからね。

賃借人

承知いたしました。賃貸借契約書に署名捺印します。

賃貸人

契約期間は満了の3か月前までに連絡しますね。

賃貸人が仕事の転勤をきっかけに、自分の家を賃借人に一時的に貸し出すことにしました。話し合いを重ねた結果、最初は3年間の予定が、2年間で更新ありの4年間に延長することでお互いに合意しました。賃料は毎月7万円と決まり、賃貸人が転勤から戻る時には、賃借人がその家を元の状態で返すことを約束しました。この約束は賃借人からも心からの了承を得ておりました。

更新時のやり取り

平成元年1月8日、不動産会社から賃借人に対し、更新手続に関しての連絡が入りました。

賃貸管理会社

賃借人様、契約の更新の時期が来ました。今回、契約期間は2年間で、賃料は変わらずに維持します。そして、更新手数料も通常の半額で対応させていただきますね。

賃借人

それはありがたいです。手数料が半額とは助かります。

賃貸人

私たちもあなたが住み続けてくれることを望んでいます。それで、契約書にも、今回の更新は2年間限りと明記しましょう。

賃借人

了解しました。2年間、この家で引き続き過ごせることを嬉しく思います。

賃貸管理会社を通じて、賃貸人と賃借人の間で本件建物の賃貸契約の更新が行われました。更新に際し、契約期間は2年に設定され、月額賃料は変更なしで維持されることとなりました。さらに、更新に伴う手数料は通常の半額となる特別措置が施されました。この更新契約では、新たに特約条項が加えられ、契約期間が2年間のみと明確に記載されました。

契約の終了時のやり取り

賃借人が契約終了後も建物を明け渡さなかったため、賃貸人は自宅に戻ることができず、仮住まいを余儀なくされました。その際のやり取りです。

賃貸管理会社

賃借人さん、平成2年10月15日になったので契約終了の3ヶ月前の連絡です。賃貸人さんが転勤から戻られるので、契約は平成3年1月31日で終了します。ご了承ください。

賃借人

了解しました。でも、まだ転居先が決まっていないんです。もう少し時間を…

賃貸人

それは困る。契約通りに進めてください。私は平成2年2月には神奈川に戻ってきて仮住まいで暮らしているんだ。契約通り平成3年1月31日には出ていってください。

賃借人はこれに対して返事をしませんでした。

賃貸人

回答がないので調停を申し立てます!

調停員

明渡期限を平成3年6月末日、立退料を30 万円でいかがでしょう?

このように提案しました。

賃貸人

本件建物の明渡を受けられないことにより、勤務先に迷惑をかけた、家族5人で狭い住居に住み不便を感じています。長男は、海老名市での高校進学が不可能になった、 などの精神的苦痛を被っており、この苦痛は金銭により慰謝されるべきです。
とても受け入れる事ができないので訴訟します。

と、裁判に進むことになりました。

賃貸管理会社は、賃貸人が転勤から戻ることを受け、賃借人に契約終了(平成3年1月31日)の3ヶ月前にあたる平成2年10月15日に通知しました。しかし、賃借人は転居先がまだ決まっていないとして、もう少し時間が欲しいと返答しました。賃貸人は、すでに平成2年2月から神奈川で仮住まいをしており、契約通りに建物の明け渡しを求めましたが、賃借人からは明確な返答がなかったため、調停を申し立てることになりました。

調停では、明渡期限を平成3年6月末日とし、立退料を30万円とする提案がなされましたが、賃貸人はこの提案を受け入れることができず、結果として裁判に進むこととなりました。この一連のやり取りと結果は、契約終了後の建物の明け渡しが滞ったことによる賃貸人の困窮と、最終的に裁判に訴えるまでの経緯を示しています。

裁判所の判決

最終的な裁判所の判断は引用しながら簡単な説明で補足します。

一時使用賃貸借について

裁判所は、契約が一時的な賃貸のためのものだったこと、賃借人が契約終了を受け入れていたことを確認しました。

平成元年の更新の際にも期間は二年のみに限る旨の特約が付されており、賃料も据え置きとされたものであり、本件契約は一時使用のためのものであったと 認めるのが相当である。

判例タイムズ 798号 (1993年01月01日発売)

損害賠償について

そして、賃借人が賃貸人に対して支払った賃料相当の損害金は、期間内の使用に対する適正な補償であり、賃貸人が求めるその他の損害については認められませんでした。

賃料相当損害金以上に金銭による慰謝が必要な程度の損害があったとは言えず、 この点に関する原告の主張は理由がない

原告の請求は本件建物の明渡及び平成四年四月一日以降右明渡済みまで一か月 金七万円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がな い。

判例タイムズ 798号 (1993年01月01日発売)

つまり、契約期間終了後も賃借人は賃貸人に7万円の支払いを続けていて、「賃貸人はそれで十分でしょ?」という決着でした。(調停で提示された30万円がどのようになったのか不明です)

判決の要約

賃貸人が転勤のため期間を区切って賃貸する旨の特約があり、更新の際に も期間は2年のみに限る旨の特約が付されており、賃料も据置きとされて いる場合には、右賃貸借契約は一時使用のためのものと認めるのが相当である。

判例タイムズ 798号 (1993年01月01日発売)

定期借家ができる前の判決

確かに転勤で一時使用賃貸借契約を裁判所が認めた判決です。しかし、これは平成4年に出された判決です。その後平成12年に定期借家制度が施行されました。

現代であれば、その契約は定期借家で締結すべきであったであろうと見るのが一般的かなと感じる判決例でした。

まとめ

海外転勤から戻った後、再び自宅での生活を希望されている際に選択しがちんあ”一時使用賃貸借契約“という契約形態は非常に不安定なものであるということを伝えたく一時使用賃貸借契約に関連する判例を紹介しています。

もしも、あなたが一時使用賃貸借契約を選択するのであれば、それを全部否定するというわけではなく、リスクも十分伝えた上で、それを全力でサポートするという姿勢であることを伝えたく、一時使用賃貸借契約を肯定した裁判例を紹介しました。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。