突然転勤が決まり、購入した自宅を賃貸に出そうと考える時「一回賃貸に出すと借主に出ていってもらうのが難しい」という情報にぶつかった方は少なくないかと思います。

そんな中で「転勤留守宅は一時使用賃貸借がおすすめ」と大体的に広告宣伝をしている大手不動産会社があります。

「一回賃貸に出すと借主に出ていってもらうのが難しい」という事で悩んでいる方の大半がその情報にたどり着いてしまいそうというくらい大手の会社なので安心して信頼してしまうかもしれませんが、気軽に手を出してはならないものであるという事をお伝えします。

大手企業の情報源に対して信頼度が低いと見られがちな小さな会社であることは自覚しております。そのため、提供する情報の信頼性を保証するために、私たちはすべての情報源を明確に開示いたします。それぞれの事実には、確かな根拠が必要であり、読者の皆様がそれらの情報源を独自に検証できるようにすることで、透明性を確保できるよう努めて書きました。

短期で貸出たい場合の選択肢

まず、自宅を賃貸に出す時に「短期間になるかもしれないという」時に締結できる賃貸借契約の種類から整理します。

1年未満の賃貸借の問題点

問題点という言葉が適切なのかどうかはさておき、「1年未満の賃貸借」を締結すると何が問題なのか?という点から考えていきます。

仮に何も知らずに1年未満の賃貸借契約を締結したとします。そうすると、その契約は1年未満が適用されるわけではなく、「期間の定めがない賃貸借」となります。

期間の定めのない賃貸借となったら、入居者に出ていってもらいたいという時”正当事由“が必要になります。この正当事由がとてつもなく高いハードルであるため、実質的に貸主の出ていってほしいタイミングで退去してもらうということはできないものになります。

(建物賃貸借の期間)

第二十九条 期間を一年未満とする建物の賃貸借は、期間の定めがない建物の賃貸借とみなす。

借地借家法

3つの短期貸しの種類

もしも、1年未満の短期で貸し出したいという場合には以下3つの類型が借地借家法に明記されています。

短期での貸出の類型
  1. 定期借家契約
  2. 取り壊し予定の賃貸借契約
  3. 一時使用賃貸借契約

※それぞれ借地借家法の条文をすぐ見ることができるようURLを設定しています。

定期借家契約については私たちのサイトでも情報の提供を行ってきているので参照ください。

取り壊し予定の賃貸借については、古い戸建てやアパートなどに適用されるものです。一見すると取り壊し予定であれば、簡単に適用できそうな名前ですが、賃貸人が一方的に取り壊したいというだけでは適用できないものです。いずれにせよ、分譲マンションを購入して転勤の期間中それを貸し出したいという方向けに伝えているので、説明は割愛します。

そして、最後の今回問題として提起している一時使用賃貸借契約についてです。

条文を読むのは皆さんあまり好きではないと思いますが、条文のラインマーカー部分のみ注目していただければ十分です。

「適用しない」という言葉があります。これはつまり、「一時使用目的であれば借地借家法の適用を受けない」という事が名言されています。

(一時使用目的の建物の賃貸借)

第四十条 この章の規定は、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、適用しない

借地借家法 一時使用目的の建物の賃貸借

借地借家法からの脱法?

借主に貸主の求めているタイミングで出ていってもらうためには、”正当事由”が必要であり、その”正当事由”を満たす要件のハードルが高すぎるということは繰り返し伝えてきました。

この”正当事由”の要件は、借地借家法が要請しているものです。

建物の賃貸借においては、原則借地借家法が適用されます。

一時使用目的の条文の”適用しない“というのは、「借地借家法の適用がない」という事が書かれています。

借地借家法の適用を受けないのであれば、賃借人に出ていってほしい時に出ていってもらえる!「これはいい制度だ!」と飛びつく人が多いのは頷けます。

それは、確かに貸主のためになる制度になることは間違いありません。ただ、リスクの方が圧倒的に大きなものという事を伝えて行きたいと思います。

例えば、大家さんが一時使用賃貸借で家を貸し出して、私がそこに入居したとします。「期間満了だから退去して」と言われても居座ることができる自信があります。退去を迫られても「どうぞ裁判所に行ってください」と返す事ができるようなものになってしまいます。

一時使用賃貸借契約適用の難しさ

大前提として、私たち不動産の賃貸管理会社側の立場としては、この”一時使用賃貸借”を可能な限り使いたいと考えているんです。この制度をどうにか適用できないかについては、いつも頭を悩ませています。しかしながら、この制度を適用させるためにはどうしても大家さんにリスクが生じてしまうなというものになってしまうのです。どういった要件が必要なのかを考えていきます。

借主に不利なものは無効

繰り返しになってしまいますが、建物の賃貸借においては、原則、借地借家法が適用されます。借地借家法というのは借主の保護が手厚いもので、借主にとって一方的に不利なものはすべて無効となってしまうものです。

契約書に書くだけでは全く足りない

契約書に「一時使用目的です」と書くだけでは、それが認められることはないです。もちろん、借主もそれを了承していれば全く問題ないです。

ただ、不動産屋さんがこの制度を取り違えて、契約書のタイトルを「一時使用賃貸借契約」とだけしているという例は少なくありません。

それらの問題が顕在化していないのは、たまたま賃借人と揉めなかっただけのものと捉えるのが正しい見解であると言えます。

一時使用が明らかかどうか?

一時使用の目的が”明らかな“場合に一時使用目的の建物の賃貸借とされ、この目的が明らかか否かが問題点になるわけです。

一時使用賃貸借契約の条文をもう一度見てみます。今度はマーカーの位置を変えています。

(一時使用目的の建物の賃貸借)

第四十条 この章の規定は、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、適用しない。

借地借家法 一時使用目的の建物の賃貸借

契約書に明記されているだけでは「明らかであるとは到底いえず」と言われた判決例があります。

裁判所

一時使用という文言が記載されていたからといって、それだけでは賃貸借が一時使用目的であることが明らかであるとは到底いえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

東京地裁平成2年7月30日※ Webでの情報は見つけることができずURLなしです。

期間の長短は関係ない

冒頭にて”1年未満の場合”という説明を入れているので、勘違いはしないでいただきたい点として、”一時使用目的の賃貸借=短期間の賃貸借”というものではないです。期間については長くても一時使用の賃貸借が成立しるうという裁判の例があります。昭和36年と古い判例ではありますが、最高裁まで争われたものです。

裁判所

一時使用目的の建物賃貸借契約は、その使用目的が客観的に見て明らかに一時的であるものが対象となり、賃貸借期間の長短による制約はない。よって、一時使用目的の建物賃貸借契約の期間を1年以上とすることも可能である。

昭和36年10月10日最高裁判例

つまり、短い、長いというのは争点にはならないと捉えて問題ないでしょう。

明け渡しを約束しただけでも足りない

裁判所

賃借人が事由の如何を問わず明渡しを約束しただけで、賃貸借契約が当然に一時使用の目的となるものではない。一時使用の目的であることが当事者間に明確に合意されていなければ、借家法の適用除外にならない。

東京地裁平成3年7月25日※Webでの情報は見つけることができずURLなしです。

一時使用賃貸借となるための要件

先に、「こんなにハードルが高いものですよ」というのを伝えたく認められない場合について書きました。

では、どの程度契約内容を明確にすれば一時使用賃貸借の要件を満たすことができるのかを考えていきます。東京地裁昭和54年9月18日の判決から要件を抜き出してみました。

これらをすべて考慮する必要があり、なんとなく大変そうだというのは伝わるのではないでしょうか。

一時使用賃貸借を満たす要件は?
  1. 賃貸借契約の目的
  2. 賃貸借契約の動機
  3. 賃貸借契約の経緯
  4. 賃貸借契約期間
  5. 建物の種類・構造・規模・使用状況
  6. 賃料の金額
  7. 契約書上の記載内容

転勤だからと認められるわけではない

最も大事なところは、ここと言ってもよいでしょう。一時使用賃貸借となるかどうかの判断基準は賃貸人がわの事情だけで決まるものではありません。むしろ賃借人の事情の方が大きくなるというものになります。

“転勤”という事情は貸主にとっては”一時使用賃貸借”になるということは間違いないでしょう。

ただ、それだけでは足りず、”その一時使用が確定的“であることも要件とされます。

転勤からいつかは戻って来るであろうけれども期間については未確定である事が大半でしょう。それについてまで言及されているものを見つけることはできませんでしたが、転勤で一時使用賃貸借を否定した裁判例もあります。(この例と、一般的に言われている転勤とは少し違いますが)

遠隔地にある建物の所有者である貸主が、将来、貸主がその土地に転勤してきた時には、借主から3ヶ月以内に明け渡してもらうという特約を結んで賃貸借契約を結んだという事案で、貸主の希望する勤務地が受け入れられるとは限らないこと、転勤が実現する確実な見込みもなかったこと、契約の終了時期が不確定であることなどを指摘して、一時使用のための賃貸借とは認めませんでした

昭和44年9月2日判決

漠然とした予定はだめ

転勤の他にも「建替えをしたい」という目的で一時使用賃貸借を利用したいという方は少なくないことでしょう。建替えについても「1年後に建物を建替えたい」という漠然とした事情では足りないと言われています。

次に建てる予定の建築計画までが具体的に作られていることまでもが求められています。

いずれにせよ、”単なる予定”では、一時使用賃貸借契約が認められる可能性は低いわけです。

これが転勤にそのまま転用できるわけではありません。転勤の場合は帰ってくるというのはほぼ確実であるものの、「いつ?」という部分が漠然としているものであるためです。

建替えの場合と同等に語ってはならないものですが、建替えの場合”具体的な建築計画”までもが求めれているから「いつまで」というのが明確であったということが求められるのではないかと感じています。

一時使用賃貸借契約を否定するわけではない

いろいろ伝えてきましたが、一時使用賃貸借契約がそんなに簡単に認められるわけではないということは伝わったかと思います。

世の中には長く居住を望むわけではなく、例えば建物を建てている間だけ住みたいという希望の人も多々します。そういう人のためにこういった制度があることを否定まではしたいわけではありません。

借主がいいといえばそれで問題ないです。

ただ、世の中には契約時の約束とは違う方向に動く借主が一定数出てくるわけなのです。大半の場合は問題が起こらなくても、いつかどこかで何らかの問題が生じる可能性を秘めているものだと強く感じます。

一時使用賃貸借であれば、通常の相場よりも安く住むことができるので、この制度の隙をついて居座り続ける人という人が出てくる可能性もあります。

それを広告にしては駄目だよね

明確な根拠まで見つけることができていないのですが、この一時使用賃貸借の使いづらさから定期借家契約という制度が平成11年に新設されたと言われています。

定期借家契約により、一時賃貸借契約であれば、”契約期間中でも3ヶ月前の解約予告で済む”ようになります。これが定期借家契約であれば、契約期間中の解約は貸主側からすることができないのが原則で、更に契約期間満了の6ヶ月前に期間満了のお知らせをしないといけないなど、一定の制約は確かに生じますが、さまざまなリスクを考えると、定期借家契約で実現できることなので、定期借家契約を選ぶべきであると考えています。揉めたら裁判所もそのように判断するであろうなと確信しています。

制度を否定するわけではありませんが、そんなにリスクのあるものを広告の前面に出すというのはやはり解せないなと感じます。

おそらく、今までたまたま何も問題が起こらなかったというだけでしょう。賃貸借契約は訴額が小さくなるから余計な揉め事に巻き込まれるよりも、不利益を受けいれば方がよいということの方が多いので。

実際に、今賃貸の募集に出ている物件で一時使用賃貸借で募集を出しているのはその大手ばかりになっています。これは「新しい手法を見つけた!」という類のものではなく、古い体質をアップデートできずに何も問題が起きないからそのまま続けているだけという状態であるように思われます。

いずれにせよ、これから自宅を賃貸に出そうというあなたにとって、「こんな都合いい制度があるんだ!」と誤った判断にならないように願うばかりです。