原材料の価格高騰が続いており、これが少しずつですが賃貸市場への影響も感じます。

多くの賃貸管理者やオーナーさんからは、経済状況の変化に伴い、賃料の見直し、特に賃料増額の必要性を訴える声が高まっています。

しかし、賃貸契約において賃料を上げることは、法的な制約から、容易ではありません。実際に、賃料の増額を求める多くの試みが、賃借人の同意を得られずに挫折しています。

そんな中、賃料増額を認める裁判の判決例の例があります。賃料の増額できないかお悩みの方々にとって重要な指針となり得るかなと紹介します。

あくまでもただのひとつの裁判例に過ぎないので、これにより誰しもが賃料の増額ができるというわけではないということは念頭において参照ください。

賃料総額前の事前の状況

賃貸借契約の条件

賃料:月額15万8000円

契約期間:明確な記載はないものの”昭和59年4月に大改築を行った”とあるので約30年間

特約:通常賃貸人が負担する建物の修繕費用を、賃借人が負担するという特約あり

※この特約は現代でいうDIY賃貸のような感じではないかと思われます。

貸主借主それぞれの主張

賃貸人Y

いろいろ値上がっているから、月額15万8000円の家賃を月額24万8000円に増額します。

賃借人

なんでですか?

賃貸人Y

固定資産税や都市計画税が過去数年で大幅に増加しました。さらに、近隣の類似物件と比較しても、あなたの住んでいる物件の賃料は明らかに安価です。

賃借人

それだけが理由ですか?

賃貸人Y

物件に増改築を行いましたが、契約終了時にはその費用の償還を求めないことに合意しています。これらの特約を考慮しても、賃料の増額は妥当だと考えています。あなたが出ていった時、もとに戻さなければならない費用は私が負担しなければならないんです。

賃借人

その増額幅は受け入れがたいものです。確かに経済状況は変化しています。しかし、増改築によって物件の価値は上がっています。さらに、その費用は私たちが負担しています。
特約があるんだから、賃料を大幅に上げるのは不公平だと感じています。

裁判所の見解

裁判所

賃料は月額19万円とするのが適切であると判断します。

双方の主張を踏まえ、証拠として提出された鑑定結果や固定資産税の増加、近隣物件との賃料比較を考慮しました。修繕特約や増改築に関する合意も重要な要素ですが、これらを考慮しても、賃料の増額請求には相当な事由があると判断します。

24万8000円への増額を求めた貸主に対して、19万円へと増額幅の調整が行われた結果となりました。

賃料増額のために必要な要件
  • 土地や建物にかかる税金やその他の負担が増えた場合。
  • 土地や建物の価値が上がったり、経済状況が変わったりした場合。
  • 近くの同じ種類の建物と比べて、賃料が明らかに低い場合。

民事、借地借家法32条、東京地方裁判所平成26年6月30日判決

いきなり裁判はできない”調停前置主義”

賃料の増額の話し合いが貸主借主の間でまとまらなかった場合直接裁判所に訴えを提起することはできません。まずは「調停」の手続きを経る必要があります。これは「調停前置主義」と呼ばれ、賃料の増減額請求において必ず通らなければならないものです。

調停の申立ては、物件の所在地を管轄する簡易裁判所に行います。※契約書に別段の定めをしている場合もあります。

調停は、裁判とは異なり、より非公式で話し合いに基づく手続きです。この過程では、裁判所の調停委員が中立的な第三者として双方の間に立ち、合意に至るよう仲介します。

この調停前置主義は、訴訟に比べてより柔軟かつ迅速な解決を可能にするためのものです。

不動産屋さんは代理人になれる?

賃料の値上げについて、管理会社が先頭になって動くことが大半となっています。しかし、これも気をつける必要があります。紛争性がないような場合であれば問題ないのですが、紛争性のあるものとなったら、それは弁護士法72条に抵触するいわゆる”非弁行為“可能性が高いものになってしまいます。

滞納賃料の有料督促等の業務と非弁行為

非弁行為なのか否かについては、言いたいことは多々あるのですが、本筋とそれてしまうので割愛します。

調停・裁判の代理人にもなれない

通常のやりとりで紛争制がある場合、非弁行為になるかもで間に立ち入ることができないので、その解決となる調停でも裁判でも不動産会社は代理人になることはもちろんできません。

調停・裁判の代理人として活動できるのは弁護士だけに限られていることが法律に定められています。

代理人の資格は厳格に制限されており、法的手続きの適正さを保つために、専門的な知識と経験を持つ弁護士のみがこの役割を果たすことが定められています。

司法書士も簡裁代理権がありますが、簡易裁判所までなので控訴には対応できませんので、争う可能性が高い場合には依頼しないほうがよいと考えていますし、それを中心にしている司法書士はいないであろうと思われます。

司法書士を活用するのは、ご自身で裁判を提起する際に、訴状を書くことを手伝ってもらう時などに限るのがよいのではないかというのが個人的な見解です。

調停の不成立で裁判に進む

調停で話がまとまらない場合、つまり調停が不成立となった場合には、次のステップとして賃料増額を請求する訴訟を提起することになります。

ご自身で賃料の増額の訴訟を提起するということは不可能ではありませんが、調停には不動産鑑定士が調停員にいる可能性が高かったりします。その場合は訴訟に行って、結果が覆る可能性というのは低いのではないかなというのが、不動産の現場レベルでの体感値ではありますが、感じていることです。

訴訟まで行きますと、裁判官も不動産の価格に精通しているわけではないので不動産鑑定士による鑑定が行われる可能性が高いと言えるでしょう。

この鑑定費用は訴えを提起した側が負担することになります。

不動産鑑定士の費用については、前提条件によって大きく変わってしまうので、あくまでもざっくりの目安ですが40万円から100万円ほどかかるのではないかなという感じです。

弁護士費用については、その受ける経済的利益の10%くらいが目安にすると大きくは外れないといえます。

まとめ

賃料増額の裁判例を紹介しましたが、やはり現実問題としては貸主側の方が圧倒的に不利な立場からのスタートになります。

賃料増額の際には、アットホームやsuumo、不動産会社が見ることのできるレインズの情報などはあくまでも参考程度になります。

賃料には”新規賃料”と”継続賃料“という概念があります。

この継続賃料を正確に算出する事ができるのは不動産鑑定士だけになってしまいます。

賃料増額の請求をする前に、事前に不動産鑑定士による鑑定を受けて、不動産鑑定士の意見を聞いて賃料増額の手続きに進むかどうか検討をするというのもひとつの案かもしれませんね。