自宅を賃貸で貸し出す時に、入居者入れ替わりの際の原状回復の費用をなるべく低く抑えたいと考えるのは当たり前のことと言えるでしょう。

原状回復をめぐるトラブルとガイドラインにおいて、原状回復の費用は借主が負担するのか?貸主が負担するのか?の基準が設けられています。

この中で、経年劣化されたものはどのように考えるのか?という点もガイドラインにおいて基準が設けられています。本日は、この経年劣化の考え方を考慮しないという事ができるのかどうかという論点について考えてみます。

結論はない

あらかじめ伝えておくと結論はないです。

実際には契約書の中で「壁紙の修繕費は経年劣化を考慮しない」などの特約を盛り込んでいる賃貸借契約書は存在するでしょう。

しかし、それを争って記録に残っているものを見つけることはないためです。

もともと、賃貸の世界では裁判までしても金銭的に割に合わないということの方が大半です。時間とお金を使って裁判をするなら、「諦めた方が早い」といった決断をする人の方が多いことでしょう。

そのため、不動産屋がやりたい放題だったため、冒頭で紹介した原状回復をめぐるトラブルとガイドラインが作られたりするわけです。

なので、「有効なのか?」「無効なのか?」というのを判断するというのは非常にナンセンスです。(ナンセンスと使うのがナンセンスですね。)

当事者同士が「それでもいい」と合意するならそれでもよいですし、「それでは嫌だ」というなら駄目になるもので、さらに、それを裁判してまで争うか争わないかというだけの話なので。

通常損耗とは?

主に通常損耗と判断されるものを列挙します。

通常損耗とされるもの
  • 家具の設置による床、カーペット のへこみ、設置跡
  • 畳の変色・フローリングの色落ち(日照などで発生したもの)
  • テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の 黒ずみ
  • 壁に貼ったポスターや絵画の跡
  • エアコン(賃借人所有)設置によ る壁のビス穴、跡
  • クロスの変色(日照などの自然現 象によるもの)
  • 壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボ ードの張替えは不要な程度のも の)
  • 網入りガラスの亀裂

“賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化や価値の減少を意味する。このような損耗に関する投下資本の減価は、通常、賃料に含まれる減価償却費や修繕費等の必要経費を通じて回収される。”というのが最高裁判所が定義づけた通常損耗の考え方になります。

通常損耗特約

通常損耗は大家さんが修繕費を負担するというのが通常です。

しかし、それを賃借人に負担させるという特約は問題ないとされています。これは最高裁判所も名言しています。

ただし、しかし、その特約が有効に成立するためには、賃借人がその負担を明確に理解し、合意している必要があるとしました。

体外の場合、契約書に不備があって説明が不十分であったということで揉め事に発展するわけです。

これで100%大丈夫とまでは断言できませんが、特約にはこのように具体的に明記しなければならないという記載例です。

1.賃借人は本契約が終了したときは、直ちに本物件を原状に回復し賃貸人に対し、明け渡さなければなりません。尚、賃借人の原状回復義務の範囲は「別紙○○」に定める負担区分とします。
(別紙に以下の内容等を加入)
以下の原状回復については、汚損・破損のない場合でも回復・交換を行うものとします。
(1)エアコンのメンテナンス費用金○○○万円
(2)壁クロス交換金○○万円
(3)床ピータイル交換金○○万円
2.賃借人の義務である原状回復工事は、賃貸人の指定する業者に依頼して行い、賃借人はその費用を現金にて支払うものとする。

https://iedoki.co.jp/archives/16981

経年劣化とは?

新品のものと中古のものは価値が違うよね?その価値の経年劣化をグラフにしたものが原状回復をめぐるトラブルとガイドラインにあります。

例えば壁紙であれば6年間で価値が1円になるというグラフです。つまり入居者が6年間居住したら壁紙の交換費用は入居者が負担することはないという考え方が広まっています。

この経年劣化の考え方を一切考慮しない特約を契約書に入れたらどのようになるのか?ということについて考えてみます。

よく見かけるものはあります。

「故意過失による原状回復費用は全額借主負担で居住年数は考慮しない」といった類のものです。

ペットによる傷やタバコによる場合などでも比較的よく見かけるかなと感じています。

実際にあった事例の話です。

耐用年数を経過する壁クロス張替費用等の原状回復義務はないとした賃借人の主張が否定された事例

8年間居住しました。つまりクロスの法定耐用年数である6年を超えています。そのため、退去してもクロスの残存価値は1円ないし0円であろうと退去しました。

退去後室内を見たら、幼稚園のお子さんがいらっしゃって、その子が壁に落書きをたくさんしてしまっている状況で、クリーニングではとても落とすことができないようなものでした。

それに対し、貸主側は借主に原状回復責任があるとしたところ、借主側は耐用年数超えてるから敷金返せ!という争いでした。

結果、裁判所は、借主側の善管注意義務違反という事で賃借人側に交換費用の半額34,637円の負担を求める判決としました。つまり経過年数の考慮がなされなかったというものです。

つまり、「故意過失による原状回復費用は全額借主負担で居住年数は考慮しない」といった特約は問題がないのではないかと考えることはできます。

ただし、もしも、私が賃貸に募集するのであれば、その旨は募集図面から記載します。

契約書にももう少し具体的に故意過失がどういったものかを記載することでしょう。

通常損耗分は難しいでしょう

繰り返しになりますが、これはあくまでも上記も含めて個人的な見解であって「これで大丈夫」「これで駄目」ということを約束することではありません。

退去時の原状回復費用は経年劣化を一切考慮しないとすることは「通常損耗分もすべて修繕費用は賃借人が負担をする」に近しいことになるので、さすがにこれは入居者への負担を重くしすぎていて、消費者契約法でアウトと言われてしまう可能性が高いと言えるでしょう。

しかし、これも募集段階から明確にそれを明記していて、契約書にも徹底的に具体的に書いて、それでも「そこに入居したい」という明確な意思表示があれば話は異なる結果になることでしょう。

なぜなら、「原状回復は自分が全部負う」という明確な意思表示をして入居したのに、退去する時に「この特約は無効だー」と争うのは、信義則に反するといえなくもないので。

体外の場合は、不動産屋さんが契約したいがために、コソコソっと小さな字でそういった特約を盛り込むからおかしな話となるわけなので。

繰り返しになりますが、あくまでも個人的な見解です。

まとめ

入居者の入れ替わりの際の原状回復費用を少しでも安くしたいという考えは賃貸経営をしていくうえでは必要な考え方であることは間違いありません。

ただし、その安くしたいという考えが一般的な賃貸市場とかけ離れているようなものを考えられているということであれば、それはそもそも賃貸に出すという決断自体が間違っていると言えます。

まず必要なことは最低限の一般的なルールを把握し、貸す側も借りる側も気持ちのよい取引を目指すべきでしょう。

長期的に持続可能な賃貸経営を実現しましょう。経営者は少しのお金を払って平和を買い、時間を確保することが最も賢明な戦略です。