賃貸借契約で退去時の原状回復について問題になる事が多々あります。その中で通常損耗についての認識に未だに、貸主、借主、不動産会社間でズレが多くあるように感じます。

今一度通常損耗とはどういうものなのか?通常損耗についてどのように取り扱えばいいのか?通所損耗特約について、過去の判例も交えてお伝えします。

民法改正で明文化された

以前は判例を前提にして説明する必要のあった通常損耗の取り扱いについてですが、令和2年の民法の債権法大改正の際に、通常損耗の原状回復は貸主の負担とする旨が明文化されました。

第六百二十一条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

民法 (ただし書割愛)

経年劣化についても考慮する必要があるのですが、あれやこれや詰め込むと話がごちゃごちゃしすぎてしまうので、通常損耗についてのみ伝えていきます。

通常損耗とは?

次に、通常損耗とはなんであるのか?について整理します。

民法の条文には、”通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗“とされています。これだけでは「なんのこっちゃ」となることと思いますので、具体的な事例にて通常損耗のイメージをあわせていきます。

通常損耗ではないもの

先に通常損耗とはならないものについての例です。

壁紙を例に用います。例えば、壁紙に子供が落書きをしたとします。これは通常損耗には入りません。通常損耗ではない損耗を”故意・過失、善管注意義務違反等による損耗等”と分類します。

これらの原状回復費用は借主が負担するというのが原則になります。

通常損耗と判断されるもの

国土交通省のガイドラインにて、”賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの”と定義されています。

簡単な言葉に置き換えると「普通に使っていればそうなるよね」みたいな損耗です。

通常損耗とされるもの
  • 家具の設置による床、カーペット のへこみ、設置跡
  • 畳の変色・フローリングの色落ち(日照などで発生したもの)
  • テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の 黒ずみ
  • 壁に貼ったポスターや絵画の跡
  • エアコン(賃借人所有)設置によ る壁のビス穴、跡
  • クロスの変色(日照などの自然現 象によるもの)
  • 壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボ ードの張替えは不要な程度のも の)
  • 網入りガラスの亀裂

これらが、ガイドラインに挙げられている通常損耗の例になります。

これらの傷や変色があったときに退去時に貸主と借主のどちらに原状回復費用の負担があるのか?という問題で、貸主が負担すべきであるというのが民法改正で明文化されたというのが上記にてお伝えしたことでした。

通常損耗+故意過失善管注意義務

必ずしも、故意過失によってできた傷であるのか?通常損耗なのか?とはっきりと区別をつけるのが難しい場合も少なくないはずです。

代表例が、「結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ」などですね。

結露の対処をその都度行っていれば「そこまでひどくなってなかったでしょ」という場合などです。

そういった場合は、通常損耗と故意過失損耗を共に適用する形になり、貸主借主がそれぞれ原状回復費用を負担するという取り扱いが原則になります。

特約で通常損耗の原状回復を借主負担をすることができるのか?

ここでようやく本題に入ることができます。通常損耗の分も借主の負担と賃貸借契約書の特約に盛り込んで消費者契約法も含めて問題になるのか否かです。

結論からお伝えすると、特約に盛り込むことは可能です。ただし、ただ「通常損耗は借主の負担とする」といった抽象的な表現では、その特約は否定されます。

通常損耗特約の成立の要件

最高裁平成17年12月16日という判例があります。民法改正前の事例ですが、民法の改正は判決を明文化したものが多かったので、見解が変わったとは考えづらいでしょう。

裁判所は通常損耗を賃借人負担とする特約を入れることは否定しないものの、成立のための要件を列挙しました。

通常損耗特約の条件
  • 特約の必要性
  • 特約の合理性
  • 賃借人の理解・納得
  • 賃借人の意思表示

借主が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、貸主が口頭により説明し、借主がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。

最高裁平成17年12月16日

契約書には、「本契約解約時に、カーペット、建具、照明等の損傷又は修理代や退去時の室内のクリーニング、クロス交換代は賃借入の負担とする。」と記載されており、これだけでは通常損耗の特約が否認されました。

通常損耗を否認された事例

こういった約定で通常損耗特約は否認されましたとうい裁判の事例をまとめました。

「解約時の畳・襖・クロス・クッションフロア等の張り替え及び壁等のり替え等その他補修費用は折半とする。但し室内クリーニング・エアコンクリーニング・破損箇所修理は全額借主負担とする。」

平成29年4月25日

借主が通常損耗を負担しなければならないためには「具体性が足りない。と否認されました。

契約書に具体的に明記されていなくても、賃借人が明確に認識をしており合意をしていれば問題ないとはされていますが、それを後日どのように示すことができるか?となるので、やはり契約書への明記以外はないであろうなと感じています。

①退室時の賃貸借室内の、清掃費、補修費は賃借人の負担とする。
②本物件は事務所使用となっており、解約時の原状回復工事費用は賃借人負担とする。

東京地判 平25年8月19日

これは事務所での事例だったのですが、やはりこれだけでは「具体的に明記されているということはできない」と言われてまった事例です。

契約期間に関わらず、解約明渡時に障子・襖の張替え及び畳の表替え並びにハウスクリーニング費用を負担するなどの約定があった。

東京地判平23年9月21日 

他にも争点は多々あった裁判で、通常損耗特約と感じられる文言はないものですが、通常損耗特約についてはやはりこれだけでは足りないとされました。

通常損耗特約が有効とされる書き方は?

残念ながら通常損耗特約が有効とされた実際の揉めた事例の記録を見ることはできていません。

そんな中で下記のような書き方であれば具体的であるのでよいのではないかという例示です。

第○条(原状回復)
1.賃借人は本契約が終了したときは、直ちに本物件を原状に回復し賃貸人に対し、明け渡さなければなりません。尚、賃借人の原状回復義務の範囲は「別紙○○」に定める負担区分とします。
(別紙に以下の内容等を加入)
以下の原状回復については、汚損・破損のない場合でも回復・交換を行うものとします。
(1)エアコンのメンテナンス費用金○○○万円
(2)壁クロス交換金○○万円
(3)床ピータイル交換金○○万円
2.賃借人の義務である原状回復工事は、賃貸人の指定する業者に依頼して行い、賃借人はその費用を現金にて支払うものとする。

https://www.kyodokumiai.org/img/pdf/201208learn.pdf

注意すべき点としては、これは平成24年の不動産実務セミナーの弁護士さんによる勉強会での例示です。さらに、居住用としてではなく、事務所用として例示されているものでした。

これだけだと、要件のひとつであった”特約の合理性“は全く感じられないというのが正直なところです。

オフィスであれば、室内をすごく改装することは珍しくないので合理性があると言えますが、住居としてであると合理性の面で弱いなというのは否めないです。

最後に

いろいろと伝えてきましたが、通常損耗は賃貸人が負担するのが一般的な原則となります。

残念ながら、都合の良いことばかりを伝え、後になってからトラブルの原因となる管理会社が少なくありません。

賃貸物件の管理を任せる管理会社を選ぶ際にも、この点をしっかりと伝えてもらった上での、収支計画を立てくれる会社を選ぶことが賢明です。

その上で、通常損耗特約を入れるのかどうか、その場合最悪揉め事に発生した場合のリスクまでも組み込んだプランニングアドバイスが重要であると考えています。

管理会社を選ぶ際には、単に費用の面だけでなく、契約内容に関する正確な情報提供や、トラブル発生時の対応策についても詳しく説明してくれるかどうかを確認することが大切です。