スルガ銀行が旧経営陣に賠償求めた訴え退ける判決 という報道がありました。

スルガ銀行といえば、かぼちゃの馬車をはじめアパマンローンなどで様々な問題を抱えているというのは皆さんご存知かと思います。

スルガ銀行問題: 被害者団体との対話が行き詰まり

そんなさなかにスルガ銀行vs旧経営陣の裁判で、旧経営陣勝訴!のような見出しの記事があったので「何が起きたんだ!」と覗きに行きましたら、直接的には不動産投資周りのかぼちゃの馬車や、アパマンローンについての裁判ではありませんでした。

スルガ銀行と旧経営陣との間で争われた裁判の概要と、そこから浮かび上がる企業経営における課題を思いついたままに着地点を決めずに書きなぐっています。

どのような裁判だったのか?

静岡県沼津市のスルガ銀行の旧経営陣らが、創業家と関係の深い財団法人に不当な寄付を行い、銀行に損害を与えたなどと主張して、銀行が旧経営陣側に賠償を求めた裁判で、静岡地方裁判所は「寄付は企業の社会的責任を果たす目的で行われたもので、合理的な範囲を超えるとは認められない」として訴えを退けました。

スルガ銀行が旧経営陣に賠償求めた訴え退ける判決

記事の冒頭の引用になります。

ざっくりとどのような裁判だったのかを伝えます。

旧経営人の方々が昔何か怪しげなお金の使い方としていました。

そのお金の使い方が会社に対しての裏切り行為だったから、旧経営陣の皆さん責任とってその損失分を払ってください。というものでした。

2つの問題点

シェアハウス問題で第三者による調査を行っている際に、「あれ?これ創業者何かおかしくないか?」という2つ大きな問題があったようです。

2つの問題点
  1. 2015年11月、スルガ銀行は創業家が所有する一部の企業から自社株を買い取りました。これに先立って、そのうちの一企業に対する当社株式を担保にした貸出が解除された事件です。(担保解除事案)
  2. 2012年から2017年にかけて、スルガ銀行は美術館を運営する一般財団法人(創業家が所有する企業)に寄付を行いました。この寄付金は美術品や不動産の売買を通じて創業家の一部の企業に流れ、それがスルガ銀行からの借入金の返済に使用されたとされています。(寄付事案)

このうち、1については、スルガ銀行において融資金が回収できたようなので、訴えの取下げがなされていたようです。

なので、2の寄付事案についてのみの訴えであり、その訴えが裁判所から棄却されたというものでした。

当社が提起していた創業家ファミリー企業問題に関する損害賠償請求訴訟の判決に関するお知らせ

スルガ銀行の取締役であった創業家さんと、美術館の代表理事を勤められていた方が同一人物だから「利益相反行為ではないか!」という訴えだったと思われます。

(競業及び利益相反取引の制限)

第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。

 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。

 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。

 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。

会社法第356条

356条は承認機関が株主総会となっておりますが、スルガ銀行は取締役会設置会社であるため、承認機関は取締役会となります。

スルガ銀行の報告によると、この利益相反のための取締役会の承認は得ていた模様です。

(取締役会の決議)

第三百六十九条 取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)が出席し、その過半数(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)をもって行う。

 前項の決議について特別の利害関係を有する取締役は、議決に加わることができない。

会社法第369条

さらにその取締役会で対象の創業家さんは議決には加わっていなかった旨の記録も残っています。

美術館側をコントロールしていた誰か

スルガ銀行側では手続きに瑕疵がなかったようなのですが、美術館側が創業家さんの言いなりになっていたのではないかという調査結果でした。

美術館が寄付金を受け取っているものの、美術品や不動産の選定、購入タイミング、そして寄付金の具体的な使用方法については、美術館の内部ではなく、外部の人物や組織が決定していたとされます。

文書からは、外部の人物や組織が具体的に誰であるかについての直接的な詳細は提供されていません。ただし、一般的にこの種のケースでは、意思決定に関与しているのは企業の上層部、特定の影響力のある株主、または経営に深く関わるなどが考えられます。

この状況は、美術館がただの受け手として機能しており、寄付金に関する重要な意思決定は他の関係者によって行われていたことを示しています。

つまり、美術館側は寄付による購入や投資の詳細を自ら決定するのではなく、指示された行動を追っていたというわけです。

と判断をして、その誰かが創業者が中心となっていたであろうと旧経営陣を提訴するに至ったというのがざっくりとした流れです。

ただ、結果それは裁判所からは、「合理的な範囲を超えることは認められない」というのが先日の判決でした。

銀行から財団法人への寄付は、美術館の耐震工事や美術品の購入など、企業の社会的責任を果たす目的で行われた。銀行の経営実績や社会的・経済的地位などを考慮すれば、合理的な範囲を超えるとは認められない

スルガ銀行が旧経営陣に賠償求めた訴え退ける判決

驚くべきは訴えられた金額

担保解除事案は後日取下げられたので、結果寄付事案のみの旧経営陣が請求された金額です。

結果、合計約26億円の損害賠償を請求されていたというわけです。

請求原因現旧取締役担保解除事案寄付事案(第1回~第6回)寄付事案(第7回、第8回)全事案(請求総額)
請求総額岡野光喜3億円7億5598万3608円2億4401万6392円13億円
故・岡野喜之助6億円24億円なし30億円
白井稔彦5千万円1億1339万7540円3660万2460円2億円
望月和也5千万円1億1339万7540円3660万2460円2億円
八木健3千万円なしなし2千万円
損害賠償請求訴訟の提起等に関するお知らせ

創業家一族はともかくとして。。。普通の会社役員はいくら上場企業とはいえそんな請求されたらどのような気分になるものなのでしょう。額が大きすぎて逆に開き直ることができるのかもですね。

誰も会社の役員なんてやりたくなくなる

上場会社の役員はさぞかし優雅な暮らしをされているのであろうなと皆から羨ましがられる存在である一方ある日突然このようなとんでもない金額の損害賠償責任を負わされる場合があります。

こういった責任を任務懈怠責任と呼びます。

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

会社法第423条1項

任務懈怠責任とは?

漢字から意味を察することができるというのが日本人の強みなので、すでにお察しになられているかと思いますが、まあ、ちょっと業務をサボちゃってたよねという責任です。身体のサボっちゃうではなく決断をサボっちゃうですね。

経営判断ミスでは任務懈怠ミスと捉えられることは少ないです。例えば海外進出を使用という経営判断をして、海外進出を失敗してしまった。。。それでは、誰もなにも決断ができなくなってしまうのでそういったものは任務懈怠と判断されるこことは少ないです。

主に、業務上横領をしてしまったりというのが任務懈怠の代表例です。

あまりにもざっくりとしたつなげ方ですが、そういった行為に近かったのではないかという訴えだったものと考えています。

責任免除の規定

任務懈怠の責任は本当に重たいです。上述のとおり通常の人では賠償する事ができないような金額になってしまいます。

若者が管理職は罰ゲームと言うように、大企業の会社役員にも誰もなりたくないと、罰ゲームとして捉える人が出てきてしまうかもしれません。そのようにならないように、会社法はこの責任を免除する規定を設けてくれています。

任務懈怠全部免除

総株主の同意が必要になります。

任務懈怠の責任を全部免除するというのは、上場企業においては現実的には不可能といえるでしょう。

任務懈怠の一部免除

一部免除のためには以下の要件すべてを満たす必要があります。

任務懈怠一部免除の要件
  1. 役員が職務を行うについて善意でかつ重大な過失がない
  2. 監査役等の全員の同意
  3. 株主総会の特別決議

監査役等の全員の同意というのは、会社の機関設計によって同意を必要とする人間が変わります。

スルガ銀行のこの裁判をしようという時点ではスルガ銀行は監査役会設置会社という機関を置いていました。

監査役会設置会社は、監査役を3人以上置かなくてはならず、そのうちの半数以上が社外監査役である必要があります。当時のスルガ銀行の定款には監査役は5名以内とするという規定があったので、監査役が3人だけだったかもですが、上限人数で考えると監査役は5名だとすると社外監査役は3名必要になります。

その全員の同意が必要という要件も満たすことが必要でした。

ただ、結局最後の株主総会の特別決議の要件を満たすことが上場企業ではほぼ不可能であろうと思われます。

株主総会の特別決議はまず議決をもつ過半数の株主が出席をする必要があります。

そして、出席した株主の3分の2以上、つまり66%以上の賛成を得る必要があるというものです。

2024年のものになってしまいますが、スルガ銀行の大株主達です。

この方全員が賛成すると約51.31%です。特別決議の要件にはまだ遠いです。

株主名比率(%)株式数
クレディセゾン15.12%35,089,000
日本マスタートラスト信託銀行(信託口)9.32%21,641,000
自社(自己株口)5.71%13,259,200
アリアケ・マスター・ファンド(ケイマン)4.69%10,897,000
日本カストディ銀行(信託口)3.35%7,770,000
明治安田生命保険3.17%7,351,000
損害保険ジャパン2.60%6,029,000
一般財団法人スルガ奨学財団2.33%5,401,000
ステート・ストリート・バンク&トラスト5051032.08%4,822,000
JPモルガンSecビハーフ・クライアンツJPMSP・SETT1.82%4,227,000
岡三証券グループ1.12%2,597,000
スルガ銀行の株主構成

取締役会による責任の一部免除

株式会社の定款において、取締役等による免除に関する定款の定めがある場合、取締役会の決議にて責任を一部免除できるという方法があります。

(取締役等による免除に関する定款の定め)

第四百二十六条 第四百二十四条の規定にかかわらず、監査役設置会社(取締役が二人以上ある場合に限る。)、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社は、第四百二十三条第一項の責任について、当該役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない場合において、責任の原因となった事実の内容、当該役員等の職務の執行の状況その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、前条第一項の規定により免除することができる額を限度として取締役(当該責任を負う取締役を除く。)の過半数の同意(取締役会設置会社にあっては、取締役会の決議)によって免除することができる旨を定款で定めることができる。

会社法第426条1項

この方法によって、責任を一部免除すると取締役会で決まった場合は、「異議ある人いませんか?」という公告をする必要があります。

この時に100分の3以上の株主が異議を述べたら、この責任は免除する事ができないというやはり厳しいものです。

スルガ銀行の新しい組織体制

この取締役会による責任一部免除の規定は2019年のスルガ銀行にはありませんでした。

これじゃあ、誰も役員をやりたいとは思わないですよね。。。(実際の理由はもっと大きなものでしょう)

ということでスルガ銀行は2019年に大きく組織体制を変えることとしました。

2014年の会社法の施行であらたに加わった監査等委員会設置会社となりました。

監査等委員会設置会社への移行等に伴う定款一部変更に関するお知らせ

2003年に日本が会社の体制をアメリカ型に近づけようと、外部監視の機能を強めようと、委員会等設置会社という組織体制を作りました。

しかし、この委員会等設置会社(現指名委員会等設置会社)は、報酬決定権や役員の決定権限に外部の人間が関与するということで日本国内で全く広がりませんでした。2023年のデータで85社しか指名委員会等設置会社を導入していないというデータがあります。日本人の気質にはまったくなじまないものでした。

それではいかんと、作ったのがスルガ銀行が導入した監査等委員会設定会社です。報酬の決定権や役員の決定権限については、内部の人間のみに決定の大きな権限を与え、あくまでも監視機能のみで外部からの目を強めようという組織体制です。

監査等委員会設置会社の特典

まったく関係のない話を続けてしまいましたが、会社をこの監査等委員会設置会社にすることでひとつ大きな特典があります。

それは、監査等委員会設置会社の監査等委員会の承認を事前に受けていれば、取締役の任務懈怠責任の推定規定が適用されないというものです。

役員の任務懈怠についてはお伝えしました。

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。

会社法第423条1項

しかし、その責任は423条の3項において、任務の懈怠があったと推定されるという立場なんです。

つまり、「お前は怠けていただろう」というところからがスタート地点になっているのが会社の役員のかわいそうな立場なのです。

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

第四百二十三条 

 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。

会社法第423条3項

それが、監査等委員会設置会社の監査等委員会の承認を事前に受けていれば、まずは「ちゃんと仕事をしていたであろう」というところからスタートをする事ができるというわけです。

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

第四百二十三条 

 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会承認を受けたときは、適用しない

会社法第423条3項

これは従来からの会社法を知っている人からするとすごいことなのです。

監査等委員会設置会社にしかない特典なのです。

日本政府は日本の株式会社の運営をもっと健全化させたいとアメリカ型の委員会等設置会社を導入したわけですが、大失敗に終わりました。その反省を活かして監査等委員会設置会社という組織体制を用意しました。

結果監査等委員会設置会社は上場企業で1,500社を超える企業が導入しているという形になりました。

現時点では大成功と言ってもよいでしょう。

取締役会による責任一部免除規定導入

あわせてというと語弊があるかもですが、スルガ銀行は監査等委員会設置会社に移行すると同時に取締役会による責任の一部免除規定も新設しました。

取締役の責任免除
第29条(1)当銀行は、会社法第426条第1項の規定により、任務を怠ったことによる取締役(取締役であった者を含む。)の損害賠償責任を、法令の限度において、取締役会の決議によって免除することができる

監査等委員会設置会社への移行等に伴う定款一部変更に関するお知らせ

さらに、会社法427条の責任限定契約の規定も新設しました。

これは、業務を執行しない人が安心して役員になることができるようにという規定です。

いくら取締役会にて免除されるかもしれないとはいえ、そこには多数決が入ってしまいます。

こちらは、会社とあらかじめ契約さえしておけば、業務執行に携わっていなければ当然に責任が限定されるという規定です。

(2)当銀行は、会社法第427条第1項の規定により、取締役(業務執行取締役等であるものを除
く。)との間に、任務を怠ったことによる損害賠償責任を限定する契約を締結することができる。
ただし、当該契約に基づく責任の限度額は、法令が規定する額とする。

監査等委員会設置会社への移行等に伴う定款一部変更に関するお知らせ

まとめ

以上が、スルガ銀行の旧経営陣に関する一連の訴訟の流れとその内容でした。

本件訴訟では、経営陣が行った一連の行動が企業の社会的責任の範囲内と判断され、大規模な損害賠償請求が棄却されました。

スルガ銀行の裁判とは直接関係がありませんでしたが、監査等委員会設置会社への移行や責任免除規定の導入は、他の企業にとっても参考になるポイントでしょう。

スルガ銀行の事例から、企業経営の透明性と責任構造の改善に向けた動きが今後も注目されるため、私たちは引き続きスルガ銀行の動向を追っていきたいと思います。

走り書きにお付き合いいただきありがとうございました。