自宅を貸し出そうと考えられている方で、多くの大家さんが選択するのが"普通賃貸借"という形式です。この契約形態は、安定した賃貸収入を望む方にとって魅力的な選択肢で、日本の賃貸市場では最も使われている契約形態です。

"普通"という言葉で安心してはなりません。普通賃貸借には"正当事由"がなければ、借主に退去を求めることができないという大きな制約があります。この点は、不動産を貸し出す前に十分に理解しておく必要があります。

不動産を"普通賃貸借"で貸し出すことを考えている大家さんは、契約を結ぶ前に、これらの要素をしっかりと理解し、将来的に発生するかもしれない事態を知っておくことが重要です。

この記事では、普通賃貸借契約の基本から、"正当事由"に関する法律の解釈、令和以降の実際にあった裁判例から、大家さん側の"正当事由"を認めてもらうのがどれくらい難しいのかを詳しく解説していきます。

借主に退去してもらうための正当事由

まず最初に貸主側から借主に退去してもらいたいという時の"正当事由"について整理します。

"正当事由"というのは、「契約違反は借主にないけれども、契約が終了してしかるべき理由」のことを言います。

「不動産を売却したくなったから出ていってくれ」という程度のものでは、この"正当事由"の条件を満たすことはできません。

よく「建物が古くなったから危険だから立て直すために出ていってもらいたい」や、「自分が住むから出ていって欲しい」、「娘が住むから出ていってほしい」などで"正当事由"になると勘違いされがちですが、そのような生易しいものではないというくらい、正当事由の条件を満たすハードルは高いです。

「その条件を満たすために必要な〇個の要件」とすっきりとまとめたいものですが、そのまとめることも困難です。これだけを見て「わかった!」となる人はいないかと思いますが、まずは"正当事由"があるのかないのかを検討するために考慮すべき5つの事項は下記のとおりとなります。

正当事由の要件
  1. 賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情
  2. 建物の賃貸借に関する従前の経過
  3. 建物の利用状況
  4. 建物の現況(建物の老朽化等)
  5. 賃借人に対する財産上の給付(立退料)

自己使用する強い必要性

東京地判 令元・7・5の判決例です。

「自分が住むのに強い必要性があれば正当事由が認められる」と勘違いされがちなことに対する判決例です。

事案の概要

平成27年11月、貸主Aと借主Yは賃貸借契約を締結し、Yは本件建物に居住を開始しました。

賃料は月74,000円、共益費は月7,000円で、賃貸期間は平成27年12月から平成29年12月まで設定されていました。

平成28年12月、Aは本件建物を外国籍のXに売却しました。Xは平成29年6月、契約期間満了をもって契約を更新しない旨をYに通告しましたが、双方の間で更新条件について合意に至らず、契約期間は満了しました。

訴訟の背景

Xは、業務や休暇で日本を訪れる際の住居として、本件建物を購入しました。

Xは、自己使用する強い必要性があると主張し、Yに対して建物の明渡し及び使用損害金の支払いを求める訴訟を提起しました。

Yは、前貸主Aとの間で更新料支払いの合意があったと反論し、Xがその事実を知りながら建物を購入したと主張しました。

裁判所の判断

裁判所は、借地借家法28条に基づき、正当事由の存否を判断しました。

具体的には、賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、及び賃貸人が賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出を考慮しました。

裁判所は、Xの本件建物使用の必要性がYのそれを上回るとは認められず、Xが明渡しを求める正当事由があるとは認められないと判断し、Xの請求を棄却しました。

こちらの裁判については、外国籍に入居者がいるまま売却をした不動産仲介会社が悪いのではないかなと感じますが、自己の建物使用の必要性が借主のそれを上回るものではないと判断されました。

更新の拒絶の正当事由の有無についての裁判例の説明でした。

正当事由があっても立退料は必要?

正当事由があれば立退料は不要と捉えている人が少なくはありません。そうではない判決例を紹介します。

東京地判 令 2 ・ 2 ・18

事案の概要

平成19年5月14日、賃貸人Aは賃借人Yとアパートの1室について賃貸借契約を締結し、居住を続けていました。賃料は月額48,000円、契約期間は平成27年12月13日まで。

平成29年6月24日、賃貸人Aの死亡により、契約の賃貸人地位はAの子に相続されました。相続人は賃借人Yに対し、老朽化倒壊の危険からアパートの取壊しの必要があるとして、契約を解約する旨の申入れました。

賃貸人

このアパートは築年数が経過し、老朽化が進んでいます。耐震性も問題があり、大規模な修繕が必要です。私たちはアパートを取り壊す必要があると判断しました。そのため、契約を解約し、あなたに立退料として100万円を提案します。

賃借人

しかし、このアパートの老朽化は、賃貸人側の修繕義務の不履行が原因です。提案された立退料も不十分です。

裁判所の判断

裁判所

立退料として100万円の提案を受け入れ、これを正当事由の補完として認める。

アパートの老朽化が顕著であり、耐震性に問題があることを認め、Xらによる建物の取壊しの必要性が高いと判断します。しかし、直ちに正当事由があるとは認められないが、正当事由を基礎づける事実が相当程度認められる。

この事例では、老朽化したアパートの賃貸人からの契約解約申入れに対し、直ちに正当事由があるとは認められないものとされました。つまり、老朽化だけでは正当事由としては足りないよということを裁判所はいいました。立退料を正当事由の補完として判断しました。

築57年でも正当事由が認められなかった事例

建物の老朽化だけでは正当事由としては足りないという判決が令和になってからも出ました。

東京地判 令元・12・12

それぞれの主張

賃貸人

この家はもう古くなりすぎて、大地震が来たら倒壊するかもしれません。新しく建て直す必要があります。だから、契約を解除して、家を空けてもらいたいのです。

賃借人

この家は長年住んできた家です。大震災の時も無事でしたし、専門家によると、必要な補強は比較的簡単にできるそうです。私たちにとって、この家はとても大切な場所です。出ていきません。

裁判所の判断

裁判所

貸主の請求すべて棄却

本件建物が旧耐震基準の建物であるが、旧耐震の建物全てが現在直ちに建て替える必要があるといえるものではありません。また、一級建築士の意見書によると、本件建物がある程度の地震に対応可能であり、早急な耐震補強工事や建替工事が必要とはいえないとのことです。

さらに、高齢な賃借人の健康状態を考慮し、賃借人には本件建物に対する高い自己使用の必要性があると判断します。

立退料については?

貸主は一つ前に紹介した判決のように、立退料を提供することで正当事由を補完できなかったのかな?と感じました。立退料を提供したのか否か定かではありませんが、裁判所の判断の中で「立退料による正当事由の補完を検討するまでもなく」と。

立退料について考える前に予選落ちをしてしまったという感じの判決でした。

老朽化が正当事由になるとされた判例

建物の老朽化や倒壊の危険性、治安や衛生上の問題が正当事由として認められた有名な判例があります。

昭和29年7月9日最高裁判所第二小法廷

これにより、「建物がボロボロで建て直さなければならない時は正当事由になる」と勘違いされてしまいがちですが、それだけでは困難であるというのは前述のとおりです。

この判例の建物は、建物全体が西方に向かって傾斜しており、暴風や強度の地震の場合には倒壊の危険があるという状況にまでなっていました。

ただ"古い"というだけでは正当事由とはなり得ないということのよい例といえます。

まとめ

令和になってからの裁判例をもとに普通賃貸借では、賃借人が居住の継続を希望しているのに、貸主側からそれを拒否して出ていってもらいたいという時の壁の高さについて伝わったのではないかと思います。

これから自宅を賃貸に出そうかなと考えられる人は、もしも少しでも「いつか戻って自分が住みたい」と少しでも考えられているようであれば、普通賃貸借で賃貸に出す際には十分に注意してください。

そういったことにならないように、今は定期借家 という新しいシステムもできています。

賃貸市場は日々変化しており、法律の解釈も進化しています。不動産を賃貸に出す前には、最新の法律知識を提供してくれる不動産屋さんを探すようにしましょう。