自宅を貸し出す際に普通賃貸借契約の場合賃借人の保護が厚くなされており、契約内容に違反しない限りよほどの事がない限り賃借人が追い出されるということはないと言えます。

それにも関わらず、賃貸借契約を締結する際に重要事項説明書には借主が何も悪いことをしていないのに「6ヶ月以内に退去しなければならない」と記載されている箇所があります。

その決まりのことを建物明渡猶予制度(たてものあけわたしせいど)などと呼びます。

この建物明渡猶予制度がどういったものであるのか、借主にどのようなリスクがあるのかなどについてお伝えします。

日本人の大半が賃貸物件に居住しています。大学を卒業したばかりで初めて賃貸物件を借りるという方でもわかりやすく説明をしていきます。

抵当権とはなんなんだ?

どうしても理解しなければならない言葉

「抵当権(ていとうけん)」という言葉自体は聞いた事があるという方が大半であると思われます。しかし、この抵当権というものがどういった役割を果たすものであるのかまでしっかりと説明できる人は、自宅をローンで購入したことのある人でもあまり見かけません。不動産屋でもきっちりと理解している人はごく少数です。

なので、知らないことは当たり前のことです。なぜそのような状況になってしまうかというと、説明が難しくなりすぎているからであろうなというのが原因のひとつであると考えています。

細かなところをつつけば「あっそこ間違っている」と指摘できるところも多々出てくるかと思いますが、抵当権を正しく理解してもらう事が目的ではなく、「抵当権ってどういうものであるのか?」「出ていけと言われたら出ていかなければならないのか?」という事を知ってもらうことが目的なので、誰でもイメージしやすいような例えで抵当権についてお伝えします。

“人質”なら想像できるよね?

“人質”という言葉であれば誰しもが想像できるかと思います。

説明するまでもないのですが、銀行強盗が銀行に入って、子供に銃を突きつけて「この子の命が惜しければ1億円用意しろ!」という時の子供が”人質”です。

ざっくり言ってしまうと、抵当権はその不動産バージョンというだけのものです。

不動産を購入する時、5000万円とか1億円とか現金でポーンっと一括で購入できる人はほぼいないと言えるでしょう。大半の方が銀行からお金を借りて購入します。

自分が住むための家を購入する場合大半の方が銀行からお金を借りて購入しています。

自宅を購入する時は、借りたお金は35年で分割してお金を返せばいいという形を取るのが通常です。

その間購入した人は自宅に居住する事ができています。当たり前のことと感じられるかもですが、人から出してもらったお金で購入した家に住んでいるという状態です。

お金を貸すのは通常銀行です。この銀行はただでお金を貸すのでしょうか?銀行はボランティアではないので、もちろん有料でお金を貸しています。”ローン事務手数料”や”利息”という形で銀行は売上を確保しています。

で、さらに銀行としては、「35年間この人は本当に返済を続けてくれるのか?」と心配するという気持ちは想像できますよね。

「もしも、返済をしてくれなかった時どうしよう?」という取り決めをして、お金を貸すべきですよね。

その時に、「もしも、返済が滞ったらあなたが購入した不動産を競売(けいばい)で売却してその売れた金額で未払い分は回収します」という約束をします。

乱暴に言ってしまうと、不動産を人質として銀行が確保しています。その約束のことを”抵当権“と呼ぶわけです。

賃貸物件の抵当権でも同じ

住宅ローンで自宅に住んでいる例で説明しましたが、銀行からお金を借りて、その不動産を賃貸に出しているという場合もあります。

抵当権にはいろいろな細かいルールがあるのですが、お金を借りた人がそのものを使用収益できる、つまり「使っていいよ」というルールがあります。

自分が居住するわけではなく「人に賃貸に出して収益を上げていいよ」という事をしても問題ありません。(住宅ローンか事業用ローンかとは別の話で抵当権についての話です)

お金を貸した人が住んでいて、お金の返済がされないから競売するなら、お金を返していないその人がわるいわけなのでその人に対して「出ていけ」というのは、まあ理解できるかと思います。

しかし、これが賃貸物件の所有者が返済を滞って、銀行が競売して、競売で落札した新しい所有者が出てきた場合。。。賃貸物件の入居者は何も悪いことをしていませんよね?

そういった場合賃借人との関係をどのようにするかのルールが建物明渡猶予制度というわけです。

時系列で考える

このような場合に入居者は出ていかなければならないという例を時系列で見てみます。

1
大家さんが銀行からお金を借りて物件購入

この時に毎月いくらずつ返済するのかを決めて、銀行は抵当権の設定を行います。

2
賃借人が入居

毎月家賃を大家さんに送金します。

3
大家さんが銀行への返済を滞る

大家さんが銀行に返済できなくなってしまいました。

4
銀行が競売の申し立て

裁判所で開催されるオークションです。

5
新しい買受人”新大家さん”が落札

落札した人が新しい大家さんになります。”新大家さん”と名付けます。

6
新大家さんが「出ていけ」と言いました。

入居者は6ヶ月以内に出ていかないとなりません。

この一連の流れをまとめるとこの条文のようにコンパクトにまとまります。日本語って素晴らしいですね!

すごく短くまとまっています。

(抵当建物使用者の引渡しの猶予)

第三百九十五条 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。

第三百九十五条(抵当建物使用者の引渡しの猶予)

競売で落札をした人が出ていけと言われたら出ていかなければならないというルールがあるので、こればかりは致し方ないのです。賃借人としてできる対策は、大家さんが支払いを滞るような状況にならないように、毎月の家賃をしっかり送金するくらいの事です。

ルールを捻じ曲げる方法もある

余談であり、一般の賃貸借物件では、ほぼ利用されることはないのですが、このルールを覆すことができる方法はあります。

例えば、大谷翔平さんが「そこに入居したいけど、オーナーが支払い滞ったら自分追い出されちゃうかもしれないんでしょ?」と、入居するのをためらう条件がそこだけであれば。。。貸主も銀行さんも大谷翔平さんには入居して欲しいと思うのが一般的ですよね?

銀行も同意をすれば、その規定を無力化する方法はあります。

実際には、オフィスビルなどでは比較的多いと聞きます。私自身は携わったことはないのですが、TOYOTAが自分の所有している物件を使ってくれるのであれば大家さんは基本喜ぶであろうし、銀行さんもTOYOTAが使ってくれれば、大家さんの支払いが滞る事がないであろうしとなる事があるそうです。

6ヶ月という期間が短すぎないか?

平成15年(2003年)のより前では、第395条により、抵当権に劣後する賃貸借であっても、競売を通じてその不動産を一定期間使用し続けることができる規定がありました。しかし、この制度は短期賃貸借の悪用により、社会的な問題を引き起こしていました。

具体的には、不動産の競売を見越して、わずかな期間のみを目的とした短期賃貸借契約を結ぶことが可能で、この「短期賃貸借」を利用した一部の賃借人や第三者が、立退き料として高額な金銭を要求するケースや、不動産の不当な転売を通じて差益を得るといった濫用事例が生じていました

このような問題を受け、法改正が行われ、旧民法の第395条は削除され、短期賃貸借制度が廃止されました。改正後は、抵当権の設定登記後に締結された賃貸借契約(長期・短期を問わず)は、抵当権者や買受人に対して原則として効力を持たないことになり、賃借人は建物を明け渡さなければならない状況に変わりました。

6ヶ月の猶予期間の設定には、賃借人が新たな居住地を探したり、引っ越しの準備を行うための最低限の期間として十分であろうという判断なのでしょう。

必ず退去しなければならないものではない

よくある勘違いとして、競売に付されたら「出ていかなければならないのか。。。」というのがあります。

必ず出ていかなければならないというものではないです。あくまでも、競売で落札した新大家さんが「出ていけ」と言ったら出ていかなければならなくなるというだけの話です。

競売に出される際に、「今は賃料が〇〇円で賃貸中で。。。」といった不動産目録が作成されます。

新大家さんは賃貸がある事を理解して落札するわけです。よほど、割安な賃料でない限り、わざわざ落札して賃借人を追い出すという事をするというのはあまりないのではないかなと若干楽観的に捉えてます。

周りの知り合いでいますか?

ちなみに、私自信は一度、それが理由で退去しなければならなくなったというお客さんがいました。

早いもの勝ちの世界

子供の頃「早いもの勝ちだ!」という趣旨の事を口にした事ある方が大半ではないでしょうか。自分自身で口にしていなくても、一度は耳にしたことのある言葉のはずです。

実は不動産の権利関係でもこの「早いもの勝ち」の世界になります。先程の時系列の例では抵当権が賃貸借より早い段階で設定されていました。この順序が変わることがあります。

先程の時系列の1番と2番の順序が入れ替わり、結論の6番が変わっています。

1
賃借人が入居

大家さんが相続か何かで引き継いだ物件だとすればあり得る話です。

2
大家さんが銀行からお金を借りる

不動産融資という仕組みがあって、入居者が入ってから抵当権を設定するということもありえます。

3
大家さんが銀行への返済を滞る

大家さんが銀行に返済できなくなってしまいました。

4
銀行が競売の申し立て

裁判所で開催されるオークションです。

5
新しい買受人”新大家さん”が落札

落札した人が新しい大家さんになります。”新大家さん”と名付けます。

6
新大家さんが「出ていけ」と言いました。

入居者は出ていかなくてよいです。

賃借人は「抵当権が設定されるよりも早く賃貸借契約を締結しています」と言う事ができるわけです。

民法第395条の「抵当権者に対抗することができない賃貸借」というのは、抵当権が早いもの勝ちをしたという状態です。

逆に抵当権よりも早く設定されていた賃貸借契約ですと、抵当権者よりも”早いもの勝ち”の状態なので、抵当権に対抗できるという事になります。

(抵当建物使用者の引渡しの猶予)

第三百九十五条 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。

第三百九十五条(抵当建物使用者の引渡しの猶予)

賃貸の重要事項説明書の例

実際にあった重要事項説明書からの抜粋です。

このように記載がされたりします。

本物件は貸主への引渡し時点において、抵当権が設定されていませんでした。このことから賃借権と抵当権との関係については、 現行の民法下において賃借権に優先する抵当権は存在しないことが確認されています。 貸主への引渡し以降に抵当権が設定され、万一その抵当権が実行されたとしても賃借権には影響がありません

ここまで長々と説明をしましたが、冒頭でお伝えしたとおりこういった仕組みをきっちりと理解までできている不動産屋さんは少なく、不動産屋さんが間違っていることも実は多いです。

このように書かれている重要事項説明書を見て、「しっかりしている不動産屋も世の中にはあるものだ」と感心しました。

まとめ

建物明渡猶予制度と抵当権の理解は、不動産を賃貸する際の重要な知識です。

抵当権者の権利と賃借人の保護がどのようにバランスをとっているかを理解することで、賃貸市場での自身の権利を知り、適切な対応を取ることが可能になります。

この記事を通じて、賃貸物件に関わるすべての人々が、より公平で理解しやすい賃貸環境の構築に貢献することを願っています。