Q
賃貸の申込があり、仲介会社さんが審査を通過したというので、入居に対してOKを出したのですが、契約書の内容について次から次へと細かい事を指摘してくるので断りたいのですが、断ることはできるでしょうか?
A

契約の締結前であれば断ることは可能です。ただ注意すべき点もあります。

賃貸借契約の成立時期

賃貸借契約の契約の成立時期は”賃貸借契約書に賃貸人・賃借人双方が署名捺印した時“と捉えるのが一般的です。

契約の締結前であれば「やはり辞めます」ということは自由です。

特に借主側では、そういった特性を悪用して複数の物件に申込をいれて契約直前まで物件をキープしておいて、契約直前になってキャンセルをするという事が多用されていたりします。

宅建業法37条には”交付“とまで書かれているのですが、あまりにも細かい話になってしまうので、そこまでは触れないでおきます。

通常は諾成契約

先に賃貸借契約の成立時期は貸主借主の署名捺印の時と伝えました。が、一般的には”諾成契約“の説明から入って、宅地建物取引業の契約の成立時期が特殊であるとうい流れの説明になるかと思います。その流れだと”諾成契約”という一般には聞き馴染みのない言葉を使わざるを得ないので、ずばり宅建業法の契約の成立時期から伝えました。

諾成契約というのは、日常生活で最も頻繁に行われている契約形式の一つです。

具体的には、お店で商品を選んでレジに持っていくと、買う意思と売る意思が暗黙のうちに一致していると互い認識するでしょう。それが諾成契約です。わざわざ書面にしなくても契約が成立するというのが通常なのです。

この諾成契約をもとにしてしまうと、冒頭質問の一度OKを出してしまった後に、それをNGとすることは債務不履行となり、損害賠償の対象になります。

それに対して、不動産屋を介しての賃貸借契約は書面に書類署名捺印が要件とされているので、契約の締結前であれば、断ることは可能と回答しました。

実際の現場では貸主側から断るのは希少

実際の賃貸の現場では、入居希望の人が申込したあとにキャンセルするというのはとても多いです。おそらく大半の仲介の営業の人たちは、契約締結までの回数よりも多くキャンセルをしているのではないのではないかというくらいキャンセルは普通のこととなっています。

内見→申込→審査→審査通過→契約金支払い→重要事項説明・契約→鍵渡しというのが通常の流れです。

一方、貸主側からは審査通過後に「やはりあなたは駄目」というような事は稀です。

契約締結が完了するまではキャンセルをすることはできるのですが、貸主側は審査の時点で入居を認めるか否かの判断をするので、審査通過後に貸主側から「やはり辞めた」というのはとても少ないです。

だからといって、認められていないわけではありません。

契約準備段階における損害賠償

契約の成立がしていなければキャンセルをしてもよいと伝えてきました。ただ、契約が成立していなくても、契約の準備段階にての損害賠償を認めた有名な判例があります。

契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任が認められた事例

不動産の売買に関する判例でかつ、買主側が契約直前になって「やっぱ辞めた」とした事例です。売主側からの損害賠償を認めたというものがあります。

マンシヨンの購入希望者において、その売却予定者と売買交渉に入り、その交渉過程で歯科医院とするためのスペースについて注文を出したり、レイアウト図を交付するなどしたうえ、電気容量の不足を指摘し、売却予定者が容量増加のための設計変更及び施工をすることを容認しながら、交渉開始六か月後に自らの都合により契約を結ぶに至らなかつたなど原判示のような事情があるときは、購入希望者は、当該契約の準備段階における信義則上の注意義務に違反したものとして、売却予定者が右設計変更及び施工をしたために被つた損害を賠償する責任を負う

契約上の過失

契約の準備段階に入った時点でお互いに損害を被らせないようにという責任が生まれます。

契約の準備段階で、相手に対して損害を与えるような事をしてしまい契約が破談となってしまった場合、損害賠償責任が生じます。

それを法律の世界では”契約上の過失“と呼びます。契約上の過失には類型があるのですが、先程の例は交渉破棄型の類型に分類されます。その要件を列挙します。

契約上の過失 交渉破棄型の要件
  • 契約締結交渉の成熟度が高いこと
  • 信義則違反と評価される帰責性があること
  • 交渉が重ねられ、代金その他契約の主要な内容がほぼ合意されていたこと
  • 内金、証拠金等が支払済みであること
  • 契約成立を前提として行政庁等関係機関との折衝や必要な手続を進めたこと
  • 契約締結、代金決裁の日時が決められたこと

これらは判例をもとにしたものであり、あくまでも一例です。2020年に民法の大改正が行われたのですが、その際に契約上の過失について、明文化されるか否か議論が行われましたが、結果明文化されなかったというものです。

いずれにしても、「契約前だからキャンセルはいつでもできる」というのは必ずしも正しくないといいうことは頭の隅には置いておくべきでしょう。

賃貸借契約のキャンセルで損害賠償認められた事例

参考事例としてですが、いくつか揉めて損害賠償が認められた事例はあります。

借主候補者がH15年9月から入居するつもりで貸主と交渉を重ね、H16年1月に契約締結というところまでいったにも関わらず、その日に「やっぱり辞めた」としたら、借主候補者から貸主に損害賠償を払えという判決がありました。※実際はもう少し登場人物は多いですが。

賃貸借契約の締結に至るまでには当事者間で様々な具体的な準備作業を行うことがあり、かかる場合には相手方に対し、契約の立についての強い信頼を与えることになり、こうした信頼を裏切って契約交渉を一方的に打ち切った場合には相手方の被った信頼利益を賠償する責任が生じる。

賃貸借契約の成立を予定して折衝が続けられ、賃貸人が契約の成立を信じて行動することが賃借人に容易に予想されるに至ったが、契約の成立に至らなかった場合の賃借人の過失が認められた事例

まとめ

契約成立前であれば貸主借主双方がよほど相手の信頼を裏切るような行為をしない限り「やっぱ辞めた」を言えるというのが原則と伝えました。大切なのは”契約の成立時期”になるので契約の成立時期についてあらためてまとめます。

賃貸借契約の成立時期

賃貸借契約の成立時期は、一般的には賃貸人と賃借人双方が契約書に署名・押印した時点とされます。この時点で、両者の間で合意が確定し、契約が成立すると解されるのが通例です。

契約成立の要件

  1. 重要な部分についての合意: 契約の本質的または重要な部分(例えば、賃料、契約期間、物件の使用条件など)についての合意が必要です。
  2. 確定的な合意: 合意が確定的であること、つまり、両者が契約内容について明確に理解し、同意している状態が必要です。

前払い家賃・敷金礼金の支払いと契約成立

賃借人が契約書への署名・押印前に前払い家賃・敷金礼金等を支払っている場合でも、契約が成立しているとは解されません。これは、賃貸人による契約書への署名・押印もされておらず、確定的な合意がなされていないためです。また、宅建業法上の規制を踏まえると、前払い家賃等の支払いがあったことで契約が成立しているとすることは適当ではありません。

契約成立時期の結論

したがって、賃貸住宅契約においては、原則として、賃借人及び賃貸人が賃貸住宅契約書に署名・押印した時点で、契約が成立すると解することが適当です。契約書への署名・押印がない場合、契約は成立していないと考えられます。