通常損耗特約を語る上では避けることのできない最高裁の判例があります。

判例は難しい言葉が多用されていて、一般の方々にはなかなか読み解くのが難しいというのが現実です。

そんな賃貸経営をしていく上で避けて通ることのできない原状回復の通常損耗を借主負担にさせることを特約に盛り込むことの是非についての裁判をわかりやすい形でお伝えします。

最高裁平成17年12月16日

通常損耗特約がどういったものであるのかということについては下記を参照ください。

通常損耗特約:賃貸契約の原状回復義務の正しい理解

裁判の前提条件

裁判の判決だけを見てもいまいちわからないのは、前提条件についての整理がなされないままいきなり結論に入ってしまうためというのがあります。まずは前提条件を整理します。

前提条件
  • 賃貸借契約日: 平成10年2月1日
  • 賃料: 月額11万7900円
  • 契約住宅: 特定優良賃貸住宅
  • 敷金: 35万3700円
  • 入居説明会: 賃貸人は入居説明会を開催し、「すまいのしおり」と補修費用の負担基準について説明。しかし、具体的な補修項目についての説明はなかった。
  • 契約内容: 契約書には、退去時に賃借人が住宅を原状に復すこと、および補修費用を負担することが記載されている。
  • 契約解約日: 平成13年4月30日
  • 敷金から差し引かれた補修費用: 30万2547円

それぞれの主張

それぞれの主張も判決の説明を見ると、X・Y、賃貸人・賃借人となんだか区別のつきづらい表現の仕方になってしまっているので読みづらいものになってしまっていると感じています。

LINE風の会話にすることで、どちらがどのような主張をしたのかが視覚的にわかるので、会話風にして主張をまとめてました。

登場人物
賃借人X

住宅の元入居者

    賃貸人Y

    住宅を貸し出した法人。

    特定優良賃貸住宅を管理。

      賃借人X

      敷金35万円預けて、30万円も引かれているけど、これって本当に私の負担すべきなのですか?

      賃貸人Y

      契約書には、退去時には室内を原状に戻す必要があるってはっきり書いてあるよ。だから、クリーニングや補修費用はあなたが負担するんだよ。

      賃借人X

      でも、私が住んでいた期間中に生じた損耗は、普通に住んでいれば起こる自然なものだけですよ? なぜそれに対しても費用を負担しなきゃいけないのですか?

      賃貸人Y

      うん、でも契約書には、そういう損耗に対する補修も含めて賃借人の負担になるって書いてあるから、それに従わってもらわないと。

      賃借人X

      でも、その部分、具体的にどのような損耗が賃借人の負担になるのか、契約書には詳しく書かれていませんでしたよね?

      賃貸人Y

      まあ、確かに細かい部分まで具体的には書いてないけど、一般的な補修費用は賃借人負担っていうのが普通だから。。。

      賃借人X

      でも、普通に使っていたら避けられない損耗に対しても、私が全責任を負うっていうのは納得いかないです。

      賃貸人Y

      そうだね、でも契約は契約だから。。。

      賃借人X

      裁判で決着をつけましょう!

      通常損耗特約に対する裁判所の見解

      裁判所

      特約は成立していない

      賃貸借契約において賃借人に通常損耗に関する原状回復義務を負わせるためには、その特約が具体的に明記されている必要がある。
      本件契約書や負担区分表には、通常損耗に関する補修費用を賃借人が負担する旨の具体的な記載がない
      賃貸人からの説明も、通常損耗に関する補修費用の負担について具体的な内容を明らかにするものではなかった。
      したがって、賃借人Xが通常損耗に関する補修費用を負担することについて合意したとは認められない。

      通常損耗特約を否定するわけではなかった

      裁判所

      賃貸借契約において、賃借人が通常損耗に関する補修費用を負担するという特約を設けること自体は否定しません

      と、裁判所は通常損耗特約自体を否定したわけではありませんでした。(この裁判以降でこの判例をもとにして消費者契約法で無効をした判決はあります)

      しかし、その特約が有効に成立するためには、賃借人がその負担を明確に理解し、合意している必要があるとしました。本件では、契約書に通常損耗に関する補修費用の具体的な範囲や条件が明記されていないこと、賃貸人からの十分な説明がなかったことから、賃借人がこの特約を合意の内容として認識していたとは認められません。したがって、通常損耗に関する補修費用を賃借人が負担するという特約は成立していないと判断しました。

      契約書の明記されていた内容

      この裁判の元になった契約書の内容をまとめました。

      契約書の内容

      原状回復義務: 賃借人は、住宅を明け渡す際には、住宅内外に存在する賃借人または同居者の所有するすべての物件を撤去し、住宅を原状に復するものとされています。

      補修費用の負担: 賃借人は、本件負担区分表に基づき補修費用を賃貸人の指示により負担しなければならないと定められています。

      負担区分表: 補修の対象物、補修を要する状況(要補修状況)、補修方法、補修費用の負担者を記載する一覧表によって補修費用の負担基準が定められています。この表には、例えば「襖紙・障子紙」の要補修状況として「汚損(手垢の汚れ、タバコの煤けなど生活することによる変色を含む)・汚れ」が挙げられ、退去者が補修費用を負担するものとしています。

      破損と汚損の定義: 本件負担区分表には、「破損」とは「壊れていたむこと、また、壊していためること」、「汚損」とは「汚れていること、または、汚して傷つけること」と説明されています。

      これらの記載にも関わらず、裁判所は通常損耗に関する補修費用を賃借人が負担するという特約が明確に合意されているとは認められないと判断しました。

      必ずしも書面で合意されている必要はなく、賃貸人からの口頭説明を通じて賃借人がその内容を明確に認識し、それを合意していればよいということでしたが。。。

      入居説明会での説明では、通常損耗に関する補修費用の負担についての特約の内容を明らかにする説明が不足していたとも言いました。

      通常損耗の定義

      通常法律関係の説明を行う際には、最初に定義を揃えます。そのため、順序が逆になりますが裁判所が定義した通常損耗の定義は”賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化や価値の減少を意味する。このような損耗に関する投下資本の減価は、通常、賃料に含まれる減価償却費や修繕費等の必要経費を通じて回収される。”というもので、とても難しい単語が多いので後ろにて伝えさせていただきました。

      短くわかりやすくしてみますと、賃借人が支払う賃料は、ただその場所を借りるためだけでなく、物件の自然な劣化や使用による損耗の補修費用もカバーしているという感じです。

      つまり、通常損耗の修復費用は、すでに賃料に組み込まれているという考え方です。

      まとめ

      以上が、賃貸経営をしていくうえで通ることのできない判例のひとつである最高裁平成17年12月16日についての説明でした。

      その後いくつもの裁判でこの判例をもとに、貸主側の通常損耗特約が否認されてきました。そして、2020年には民法で明文化されるまでに至りました。

      第六百二十一条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。

      民法 (ただし書割愛)

      自宅を貸し出す時に賃料を設定する際には、その賃料の中に通常損耗の修復費用も組み込まなければならないという前提で、収支計画をたてて、賃料を決めることが大切であると考えています。