入居者が入れ替わるたびに、壁紙の修繕費用はどれくらいかかるのだろう?」と不安に感じられる方は多いのではないでしょうか。
特に賃貸物件では、退去時の壁紙の状態が大きな問題となることがあります。経年劣化は避けられないものの、具体的にどの程度の費用が賃借人の負担となるのか、その基準は一体どうなっているのでしょうか。
この疑問に答えるため、実際に裁判で争われた事例をもとに、壁紙・クロスの修繕費用に関する負担の仕組みを、なんだか読みづらい判決文の形式をわかりやすい会話形式にしてまとめました。
※参考記事 壁紙・クロスの減価グラフと経過年数による残存価値は
裁判の前提
- 月額賃料9万3000円
- 敷金とし て27万9000円を差し入れた
- 平成9年入居
- 平成14年退去 5年間入居していた
- 東大阪簡易裁判所判決 平成15年1月14日
裁判の登場人物
物件の元入居者。子供の落書きに関する費用のみを負担すべきと主張。
物件のオーナー。原状回復費用として賃借人Yからの追加支払いを求める。
裁判での賃貸人賃借人の主張
あなたの退去後、壁には落書きや破損、ビス穴が多数ありました。カーペットも汚れています。原状回復には35万6482円かかります。預かっている敷金は27万9000円で足りません。差額を支払ってください。
私が新築同様に物件をリフォームする義務はありません。
私の責任は子供がした落書き部分だけです。それに、クロスやカーペットは経年劣化も考慮しなければなりません。
でも、契約書には畳や壁の修復はあなたの負担とあります。全額支払ってください。
入居時には新品でしたが、57ヶ月経過しています。退去時には残存価値が28.75%まで下がっています。
更に子供が落書きをしたのは11㎡部分のみです。
残存価値を考慮すれば、私の負担は3,320円だけです。
計算方法は、まずクロス の㎡単価1050円ですよね。
その11㎡分だから、11,550円。
その残存価値が28.75%だから
11,550×28.75%=3,320円
というのが計算方法です。
敷金から不足分を差し引き、追加で支払いを求めます。
過失による損害と延滞賃料(5万6588円)を除いたら、私が返してもらうべき敷金は21万9092円です。
敷金27万9000円から
延滞賃料5万6588円を引く
壁紙の残存価値3,320円を引く
279,000-56,588-3,320=219,092円
裁判所の判断
賃借人Yの請求を全面的に認める。
賃借人Yの負担すべき費用:子供の落書きに関連する費用のみ。
賃借人Yに返還されるべき敷金の額:21万9092円。
裁判所は、賃借人Yが認めた子供の落書きによる損害と争いのない延滞賃料を除いた上で、賃貸人Xが請求する原状回復費用の大部分は経年変化や通常使用による減価の範囲内と判断しました。そのため、賃貸人Xの請求には理由がなく、賃借人Yの反訴には理由があるとして、賃借人Yの主張を全面的に認め、敷金から賃借人Yの負担部分及び延滞賃料等を控除した残額21万9092円の返還を命じました。この判決は、経年劣化を考慮した上で賃借人の負担すべき費用を決定し、過度な原状回復費用の請求を制限するものでした。
原価グラフを採用
国土交通省のガイドラインの有名な経過年数と価値の考え方の原価グラフです。
残存価値が28.75%と、まさにこのグラフの数字を採用しました。
平米単価も採用
平成9年の入居なので、どのような契約であったのかは定かではりません。
壁紙・クロスの補修の範囲をどうするか?という問題もあります。
壁紙の少しのめくれ・破れの原状回復問題にて、「㎡単価が望ましいが1面交換もやむなし」という事を伝えました。
この判決においては、㎡単価が採用されていました。
ビス穴も賃貸人負担の判決
本判決の主な論点ではないのですが、不動産屋さんの現場に出ている人間として気になるところはあります。
「退去後、壁には落書きや破損、ビス穴が多数ありました。」という貸主の主張の"ビス穴"の部分です。
壁紙の原状回復が貸主、借主どちらの負担になるのか?でよく「画びょうまでは平気」と言われたりします。その根拠は国土交通省のガイドラインになります。
"くぎ穴・ネジ穴"は賃借人の負担となっています。
判決のビス穴はどの程度のものだったのかな?という点が気になりました。
Googleにて"ビス穴"と画像検索をすると、"ネジ穴"に近いものであるなと感じました。
カッコ書きの(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替えが必要な程度のもの)というところまでが求められるのかなという事を感じました。
平成9年時点の取り扱いがどの程度のものだったのかが定かではありますが、東大阪簡易裁判所判決 平成15年1月14日では、ビス穴については全く賃借人負担としているとの記述が見当たらないので、大家さんとしては、穏やかな気持ちにはなれない判決例となってしまっています。
事案の概要
情報のもとにしたものも、そのまま載せております。
賃借人Yは、平成9年5月、賃貸人Xと月額賃料9万3000円で賃貸借契約を締結し、敷金とし
て27万9000円を差し入れた。
本件賃貸借契約書には、「畳の表替え又は裏返し、障子又は襖の張替え、壁の塗替え又は張替え等は賃借人の負担とする。」旨の条項があった。
賃借人Yは、平成14年1月、本件賃貸借契約の解約を申し出、同年2月、本件物件を明け渡した。ところが、賃借人Yの退去後の本件物件には、壁クロスに多数の落書き・破損、ビス穴等があり、また、床カーペットには多数の汚損があった(貸主Xの主張)ことから、賃貸人Xは、その原状回復の費用として35万6482円を要するとして、延滞賃料等5万6588円との合計額を敷金返還債務と対当額で相殺すると差し引き13万4070円が不足するとして、賃借人Yに支払を求めたが、これを拒まれたため、提訴に及んだ。
これに対し、賃借人Yは、反訴を提訴し、賃借人Yには本物件をリフォームして新築時と同様になる様にクロスやカーペットの張替え、畳の表替えなどをすべき義務はなく、賃借人Yの負担すべき費用は、壁クロスのうち、子供が落書きした11㎡部分のみである。そして、入居時新品であったクロスでも、57か月経過後の退去時には、残存価額は28.75%になるから、クロスの㎡単価1050円に11㎡を乗じた後の28.75%である3320円が賃借人Yの負担すべき費用であると主張して、賃貸人Xに対し、敷金から賃借人Yの負担部分及び延滞賃料等を控除した残額21万9092円の返還を求めた。
判決の要旨
(1)賃借人Yの自認する過失(子供の落書き)による損害及び争いのない延滞賃料等を除くと、賃貸人Xが原状回復費用として請求する金額は、経年変化及び通常使用によって生ずる減価の範囲のものと認められる。
(2)以上から、賃貸人Xの請求は理由がなく、賃借人Yの請求には理由があるとして賃借人Yの請求を全面的に認めた。
まとめ
壁紙やクロスの修繕に関する費用負担は、賃貸物件の退去時によく見られる問題の一つです。東大阪簡易裁判所の判決例を通じて、経年劣化や通常使用による損耗を考慮した上での費用負担のひとつの基準が示されました。この事例では、賃借人が負担すべきは過失による損害のみであり、経年による減価も考慮されるべきであることが強調されました。
賃貸契約を結ぶ際には、このような原状回復に関する条項を明確に理解し、合意することが、後のトラブルを予防しましょう。